ダニー・ボイル監督は色彩とスタイリッシュさで究極の体験に誘う
127時間を見れば、濃厚な時間を過ごせるのは確かだ。映画の舞台のどこまでも壮観な岩が転がっている光景は、奥地まで旅行しないとたどり着けない辺境。
そんな場所を私たち自身が旅行をしているかのように、(旅行だけでなく、壮絶な体験をしたかのように)ダニー・ボイル監督は、皮膚に突き刺さるほどピンポイントで臨場感を描き尽くす。その手腕に拍手を送りたい。
主人公のアーロンは、この体験のはるか前から、自由を心ゆくまで楽しんでいた男だと思う。自分の欲しているものをちゃんと知っていて、欲しいものはちゃんと取りに行くような。一人で荒漠をさまよいロック・クライミングをしながら、さらなる自由、生きている実感を、一足ごとに感じていたのだろう。
そんな彼に、究極の閉塞状況が訪れる。腕を岩に挟まれ身動きできなくなり、ほんの少しの自由すら奪われてしまうのだ。目の前に迫る死を、まじめに取り上げないとならなくなる。
自分だったら絶対に陥りたくない状況だ。でも、映画を見ているわたしたちは、安全な場所にいながら、アーロンの究極の体験をつぶさに、実感が沸くほどはっきりと目撃できるのだ。なんて特権的な贅沢だろう。
そんな特権性は、ホラー映画が与えてくれるものに似ている。ただホラー映画の疑似体験が、恐怖と不安に満ちているのに比べて、『127時間』が与えてくれる疑似体験は、もっと奥が深く、バラエティに富んでいて豊かだ。
だいたい、腕が挟まれ、身動きできない男にどんな体験ができると思う? それが、ありとあらゆる体験ができるのだ。たとえば日光に当たる。鳥を見る。一つ一つの体験の長く豊潤なリストに驚かされる。そして思うはずだ。私たちは普段何を見過ごしているのかと。
実話を、究極的な意味でリアルに描いたダニー・ボイル監督の戦略は恐るべきものだ。そして衝撃的なラスト。見終わると、前より世界がはっきりと輪郭を持ち、ハッと目が覚めたかのように、くっきりと周りの光景が見えてくるような気がする。映画サプリを一口飲んだ後のように。(オライカート昌子)
・2010年 アメリカ・カナダ映画/112分/監督:ダニー・ボイル/ジェームズ・フランコ、アンバー・タンバリン、ケイト・マーラほか、
『127時間』オフィシャルサイト
・2011年6月 TOHOシネマズシャンテ、シネクイント他全国ロードショー
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